沖縄古典音楽 五木田音楽研究所
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平成30年12月4日

日々の生活そのものが、歌三線の流れのようにありたい。
時に喜びや嬉しさ、あるいは悲しみを、または仲間と盃を交わしながら三線の調べに様々な思いをのせて、その酔いを増幅させ、振幅させていく。
常に、そして日々に新鮮さを見せ、聞こえてくる三線の玄妙な音色、それに和するが如き声音、まさに至福の時間。
あなたもその流れの中に身をおいてみませんか。
琉球古典音楽野村流音楽協会師範 五木田秀夫
琉球古典音楽野村流音楽協会師範
五木田秀夫

 略  歴

■2008年〜2012年に川崎沖縄芸能研究会副会長

■2008年〜2012年に川崎市文化協会副会長 

■2012年 川崎市文化協会60周年記念事業実行委員 

■2004年に師範を拝受したことを契機に、三線講師を
  数教室受け持つことになり現在に至る

■2013年〜2017年 野村流音楽協会関東支部副支部長

■2013年〜2017年 野村流音楽協会より師範教師免許審査委員の
  委託を受く

■2013年〜2016年 組踊地謡研修受講

■2015年6月6日 神奈川県民俗芸能保存協会より表彰
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■2016年7月24日 組踊地謡研修修了証 受く
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■2017年5月21日 野村流音楽協会より免許審査員感謝状を受く
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はじめに

 この8月8日、16時すぎのこと、何の前兆もなく襲われた。
「心臓大動脈瘤解離」、場所は家の中ではあったが、激しい何とも言えない痛さが胸部、腹部、腰部、大腿部、下肢部、脚部の順に襲った。
倒れ込みの際に座卓の角隅部で膝頭を傷めたらしい。立ち上がりの際、脚に力が入らない。

「誠かや実か我肝ほれぼれと、寝覚めおどろきの夢の心地」散山節
まくとうかや じついか わちむ ふりぷりとう にざみうどるちぬ ゆみぬくくち

80歳にして、これが今生の最後かと感じるような発作であったが、散山節に歌われる驚愕はまさに、かような境地かもしれないと感じた。救急入院の翌日は、とりとめのない夢ばかりを見ていた。幸いにも、2か月の入院ののち退院とはなったが、体重も10sも減少していた。
かような状況でも、在職中から(故)仲宗根忠治師に師事して習ってきた琉球古典音楽が、何かと心の支えともいうべきものになっている。過年に掲載したものであるが、「琉球古典音楽習てぃ」を再掲して恩師のご冥福を祈りたい。

はじめに
はじめに


「琉球古典音楽」をならって

48歳から習い初めて、今80歳になった私。習い始めたころは教室で、<珍しがられた>兄弟子の方々からは「珍しいないちゃーが来とるよ」と。

現今では、野村流音楽協会関東支部においても、沖縄出身者、あるいはその子弟よりもないちゃーの方がはるかに多い。8割強に及ぶかと思われる。

古典音楽は、歌詞を歌う際に、意味の段落する箇所で声音が必ずしも切れないし、極端な場合、名詞が二分されその間に囃子言葉が挿入されていたりする。

発音が、いわゆる琉球奄美方言によるのでなかなかに難しい。発音が大事だと、「沖縄語を話す会」にも延べ1年ほど通ったものの、未だに<遠洋の帆>である。

古典音楽を聴いていると眠くなるという方も少なくない。が、一説によると聴覚を通じて生体に波及してくるその音波こそ、ひとの生命を賦活させるとか。

そうかもしれない。新人賞課題曲の一つ、「伊野波節」には左様な様相が潜在するかもしれない。伊野波の坂道を自分の母、あるいは姉妹、あるいは恋人をつれて上る、そしてそこで別れなければならない事情(ハンセン病による隔離?)は沈痛な声音が玄妙な絃音に呼応して思わず総毛立つほどの緊張感を伴う。

老老介護、孤独死、介護疲れの果ての心中とか、人の命にかかわることは永遠の課題。「伊野波節」を左様な課題の象徴として捉える、そこに何かが見えることであろうと思えるのだが。

わが師匠、仲宗根忠治師はかって、斯様に仰せられた。「君らがいかに沖縄に近づくことができるかだよ」そう、沖縄人らしい感じ方、処し方、それなくて古典音楽を習うことは出来ないのではと感じた次第。

写真恩師 故仲宗根 忠治師匠
            (筆者 描く)

沖縄の海イメージ
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